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大阪地方裁判所岸和田支部 昭和35年(ワ)52号 判決

原告

渡辺史郎

外二名

被告

米田織布株式会社

外三名

主文

被告等は連帯して、

(イ)、原告渡辺史郎に対し金二九九、八九四円、

(ロ)、原告渡辺摂予に対し金二〇〇、〇〇〇円、

(ハ)、原告渡辺真弓に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円、

及び昭和三五年四月一五日よりいずれも完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。原告渡辺史郎のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告渡辺史郎の負担とし、その余を被告等の連帯負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、被告等は連帯して、(一)原告渡辺史郎に対し金三五〇、七四一円、(二)原告渡辺摂予に対し金二〇〇、〇〇〇円、(三)原告渡辺真弓に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円、及び右金員に対するいずれも昭和三五年四月一五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の連帯負担とする、との判決及び担保提供を条件として仮執行の宣言を求め、その原因として、

一、原告渡辺真弓は原告渡辺史郎と原告渡辺摂予間の長女として昭和二六年一一月七日生(事故発生当時満八歳弱)の小学生であるが、昭和三四年一〇月九日午後二時四〇分頃府道和泉信達線堺市霞ケ丘バス停留所の横断歩道を西側から東側に横断するため道路中央の白線の手前に差しかかつた際、被告米田織布株式会社の被用人被告松下明典(当時二三歳位)の運転する中型トラツク(トヨペツト)が北方から南方に向け疾走してきたので、その通過を待つため学友三名と共に同所に佇立して待避していたところ、内二名の学友が急ぎ中央の白線を越へて道路を横断したので、被告松下はこれを避けようとしてハンドルを右に切つたが、その前方に原告真弓が直立して待避していたため慌ててハンドルを左に切つてこれを避けんとしたるも時既に遅くトラツクの右側ヘツドライト及びバンバーを原告真弓に激突せしめて同女をその場に転倒せしめたうえ右側車輪で同女の身体を轢き、因つて同女に頭蓋骨、左大腿骨、左鎖骨、左肋骨に各骨折、脳内出血、顔面左、大腿部、下腿部、両前膊部に各挫傷及び擦過傷、両膊部挫傷等の重傷を負わせた。

二、原告真弓がこのような重傷を被つたのは、同原告には一点の過失もないのに、全く被告松下の重大な過失と他の被告等の監督不充分に因るものであるから、被告等は連帯して原告等の右事故に因り蒙つた損害を賠償する義務がある。即ち、

(一)、被告松下の過失及び賠償責任について、

(イ)、同被告は被告会社の事務員であるが、自動車運転者でなくしかも法令で定められた自動車運転資格を有せずして前記自動車を運転して本件事故を惹起した、

(ロ)、凡そ自動車を運転する者は、交通整理の行われていない横断歩道を通過するに際しては歩行者の動静に注視し、特に本件のように横断歩道上に児童四名が停止して自動車の通過を待つているような場合には、児童がいつ慌てて走り出すかも知れない危険のあることは日常しばしば経験するところであるから、万一の事態を慮つて一時停車するか、そうでなくても児童の挙動如何によつては何時でも急停車して児童に衝突しないよう配慮すべき義務があるのに、被告松下はこれ等の注意義務を怠り漫然車を走らせて原告真弓に激突し、しかも急停車もできない程の速度であつたため転倒した同女を轢くに至つたものである。

右のように、被告松下に重大な過失があるので、同被告は他の被告等と連帯して原告等の蒙つた損害を賠償する義務がある。

(二)、被告会社の賠償責任について、

被告会社は被告松下を事務員として使用している者であるが、被告松下が自動車運転者でもなく、その運転免許も有していないのに、同被告をして被告会社の用務として銀行への往復に自動車を使用せしめ、因つてその途上において本件事故を生ぜしむるに至つたのであるから、被告会社は業務の執行につき相当の注意を払つたとは認めがたいので、他の被告等と連帯して原告等の蒙つた損害を賠償する義務がある。

(三)、被告米田芳次郎の賠償責任について、

被告芳次郎は被告会社の代表取締役として被告会社の全従業員を監督統卒する義務を有する者であるが、被告松下が事務員であつて自動車運転者でなく、しかも運転免許を有していないことを知つていたのであるから、このような者に被告会社の用務として銀行への往復に自動車を使用せしめれば事故を起すであろうこと容易に予見し得たのに、敢て自己所有の自動車の運転を許し、因つて本件事故を生ぜしむるに至つたのであるから、他の被告等と連帯して原告等の蒙つた損害を賠償する義務がある。  仮に、右主張が容れられないとしても、同被告は自己所有の自動車の鍵を厳重に保管せずにその自動車を被告会社構内に放置し、それを被告会社がしばしば営業上使用し、或いは被告松下が運転練習に利用していることを黙過していたため、被告松下が右自動車を運転して本件事故を起したのであるから、被告芳次郎は被告会社の代表取締役たる地位を離れ、個人として看ても重大な過失があるので前記賠償責任を免れることはできない。

(四)、被告米田等の賠償責任について、

被告等は被告会社の専務取締役として代表取締役を代理して、被告会社の全従業員を監督統卒する義務を有し、被告松下に被告会社の用務を命じた者であるが、被告松下が事務員であつて自動車運転者でなく、しかも運転免許を有していないことを知つていたのであるから、このような者に自動車を使用せしめれば事故を起すであろうこと容易に予見し得たのに、敢て被告松下が自動車を使用することを黙過し、因つて本件事故を生ぜしむるに至つたのであるから、他の被告等と連帯して原告等の蒙つた損害を賠償する義務がある。

仮に、被告等が被告松下の右自動車運転の事実を知らなかつたとしても、被告松下がしばしば右自動車を使用して運転の練習をしていたこと、その自動車が被告会社構内に放置されていたこと等の事実に照らし、被告松下が自動車を使用して用務に赴くことに注意を払わなかつたこと自体に重大な過失があるから前記賠償責任を免れることはできない。

三、本件事故に因り原告等の蒙つた損害は、

(一)、原告史郎が原告真弓の治療に要した費用は金一五〇、七四一円、その内訳、

(1)、堺山口病院入院中の処置料及び室代(事故発生当日より昭和三四年一二月六日まで) 金  一二六、四四六円

(2)、輸血用人血代、永代、附添看護婦その他入院直接費 金  六四、四一五円

(3)、患者食費その他 金  四、九五四円

(4)、附添人食費その他雑費 金  一二、五〇七円

(5)、病院往復の交通費及び通信費(主として電話料) 金  三、八四二円

(6)、堺山口病院通院による治療費、交通費その他雑費

(昭和三四年一二月九日より同年一二月一八日まで) 金  六、五〇〇円

(7)、身体障害者更生指導所附属病院通院費 金  一七、四六六円

(8)、骨折部添金除去のための入院及び再手術費並びにこれに附随する諸雑費

(昭和三五年三月一日より同年五月一〇日まで) 金  一〇、七一一円

(9)、調停申立に要した司法書士に対する手数料 金  三、九〇〇円

以上合計金二五〇、七四一円なるところ、被告等から昭和三四年一〇月二七日と同年一一月一五日に各金五〇、〇〇〇円宛合計金一〇〇、〇〇〇円の支払を受けたので、その差額金一五〇、七四一円を要している。

(二)、慰藉料

(イ)、原告史郎、同摂予の慰藉料は各金二〇〇、〇〇〇円

右原告等は唯一人の女児である原告真弓の親として、事故発生以来勤務も家業も放抛し、時には夜を徹して看護に当り、退院後においても通院の面倒等精神的にも肉体的にも容易ならない心労を重ね、真弓が奇形不具にならないよう凡ゆる努力を重ねてきたが、遂に同女が後記のような生涯回復しがたい不具者となつたことは、両親として洵に憐憫の情に堪へがたく、娘の不幸を日々目のあたり見るは寧ろ同女が生命を失つた以上の苦痛を生涯嘗めなければならない。これ等物心両面に亘る苦痛は到底金銭をもつて償い得るものではないが、これを金銭に見積れば右原告両名に対する慰藉料の最底額は各金二〇〇、〇〇〇円をもつて相当と考える。

(ロ)、原告真弓の慰藉料は金一、〇〇〇、〇〇〇円

原告真弓は本件事故に因り人事不省に陥り直に堺山口病院において輸血、酸素吸入等医師の必死な応急処置により辛じて一命を取り止め得たが、引続き昭和三四年一二月六日まで約二ケ月間同病院において入院加療し、その間数回に亘る骨折手術の苦痛に呻吟し、退院後も同病院と大阪府身体障害者更生指導所附属病院に通院して(前者には昭和三四年一二月七日より同年同月一八日まで、後者には同年一八日より同三五年五月二日まで)治療を続けて来たが、足関節の角度に異常を来たしたため走ることが不自由となつたばかりでなく腓骨の障害に因り終生跛行せざるを得ない運命となつた。そして、顔面擦過傷は陽焼すると薄く痣のように傷跡が浮ぶ程度になつたが、脳内出血に因る脳障害は猶ほ一、二年の経過をみなければ本復するかどうか不明な状態にある。而して、脚部に残された数々の醜痕、即ち、左大腿部外側の手術痕(一九糎×約〇・五糎)、右大腿部の擦過挫傷痕(約二糎)、左下腿部アキレスケン部辺のケロイド状瘢痕(五糎三・五糎)、左下腿前部の永久に除去されない暗褐色の斑点(約三糎×四糎)、左膝部のケロイド状の瘢痕は、最近における総ての娘が短いスカートをはき特に春から秋にかけて下脚部を露わす風習に鑑み、総て外部に露出されることとなるのであつて、特に学校における体操、運動会等の際は女生徒と雖もブルマー、シヨートパンツを使用して脚部全部を露わす慣わしであるから、遠からずして思春期に入る娘として羞恥心のため人前に出ることすら嫌悪するに至るであろうことは想像に難くなく、そして亦、顔の傷が娘の生涯を左右する暗い影であると同じように、脚の醜悪な娘の運命を決定ずける暗い影である、例へば趣味(バレー、舞踊等)職業(バレリーナ、フアツシヨンモデル等)の選択につき制約を受けること必至である。このように原告真弓の脚部に残された数々の醜痕は同女の学校生活において、社会生活において、婚約について、職業の選択等について悉く苦痛の種となるであろうし、その羞恥心から受ける苦痛は同女の成長に従つて益々増大してゆくであろう。これ等の事状を考えると、原告真弓の今迄に味わつた苦痛及び将来も嘗めるであろう苦痛は到底金銭をもつて償い得るものではないが、これを金銭に見積れば同女に対する慰藉料の最底額は金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と考へる。

(三)  当事者の経済状況

(イ)、原告等の状況

原告史郎は大阪市立西天満実業学校卒業後株式会社梅野工業所に勤務して年収金六一二、七〇〇円余、原告摂予は大阪高等女子職業学校卒業後原告史郎と結婚して一男一女の母、生活程度は中流である。

(ロ)、被告等の状況

被告松下は被告会社の従業員、被告会社は資本金五〇〇、〇〇〇円に過ぎないが、従業員二八名を擁し、各種織機七二台を設置し、スフ、モスリンの生産量年間約一四〇万平方米、泉州織物工業協同組合員中中流の上に位し、業績良好である、被告芳次郎は被告会社の代表取締役、被告等は同会社の専務取締役である。

以上のような次第であるから原告等は被告等に対し本件事故に因り、原告たちの蒙つた各損害金及びそれに対する本訴状副本送達の翌日たる昭和三五年四月一五日より完済に至るまでいずれも年五分の割合による金員の支払を求めるため本訴に及んだ、

と陳述し、被告等の主張を否認したうえ、被告松下の過失相殺の抗弁につき、

仮に、原告真弓に些細な過失があるとしても、被告松下の前記重大な過失さえなければ、本件事故が起らなかつたこと明らかであるから、過失相殺すべき筋合のものではない。

と述べた。

被告等訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、原告主張の事実に対し、

第一項は認める、

第二項中、(一)の(イ)は認める、その余は否認する、

第三項中、(一)は不知、(二)の慰藉料の額はいずれも争う。原告史郎、同摂予の看病の実状及び苦痛の程度は不知、原告真弓が堺山口病院及び大阪府身体障害者更生指導所附属病院において原告主張の期間、その主張のごとき治療を受けたことは認める、(三)の(イ)は不知、(三)の(ロ)は認める、

と答弁し、次いで、被告会社、被告芳次郎、被告等は、

本件事故は被告会社の事業の執行と無関係であるばかりでなく、被告芳次郎及び同被告等は被用者松下の監督につき相当の注意を怠らなかつたのであるから右被告三名には賠償責任がない。即ち、

(イ)、被告会社は被告松下をして取引銀行へ赴かしたけれども、市電を利用するように命じたのに、同被告が勝手に被告芳次郎所有の自動車を運転し、因つて本件事故を惹起したものであるから、被告会社の業務とは無関係である、

(ロ)、被告芳次郎は被告会社従業員に対し、かねてから事故の発生を心配して、自己所有の自動車の使用を固く禁じ、本件事故発生当日も被告松下に対し市電を利用して社用を足すように指示したのであるから、被告芳次郎の監督に欠くるところはない。    (ハ)、被告等は被告会社の専務取締役としてその代表取締役被告芳次郎の指示に従い、事故発生当日も被告松下に対し市電を利用して社用を足すように命じたのであるから、被告等の監督に欠くるところはない、

と主張し、被告松下は、

本件事故発生地点たる横断歩道のかなり手前で、その歩道の中央白線附近に原告真弓を含む学童三、四名を認めたので減速すると共に学童の動向を注意していたところ、右学童のうち二名が白線を越えて道路を横断したが、同原告と他の一名がそのまま白線附近に停止しているのを確認し、このまま進行しても大丈夫と思い、その停止している附近まで前進したところ、突然同原告が白線から飛び出して道路を横断しようとしたため、直ちにハンドルを左に切ると同時に急停車したが間に合わず、遂に本件事故を生ずるに至つたもので、同原告の過失も事故発生の一因であるから、賠償額の算定に当つては、同原告の過失も斟酌さるべきである、

と抗弁した。

立証(省略)

理由

一、事故の原因(原告真弓と被告松下の過失の有無について)、

原告等相互間の身分関係及び原告真弓が昭和三四年一〇月九日午後二時四〇分頃堺市霞ケ丘バス停留所前の府道和泉信達線路上において被告会社の使用人被告松下(当時二三才位)の運転する中型トラツク(トヨペツト)の右側ヘツドライト及びバンバーで跳ねられたうえ右側車輪でその身体を轢かれ、因つて原告等主張のごとき瀕死の重傷を負うに至つたこと、並びに被告松下が被告会社の事務員であつて自動車の運転者でなく、且つ自動車運転免許も受けていないことは当事者間に争いがない。そして又、事故発生寸前の状況として、原告真弓が学童三名と共に前記府道を西側から東側に横断するため横断歩道を歩んで府道の中央の白線の手前に停止し、折から北方より南方に向け進行してきた被告松下の運転する前記自動車の通過を待つていたところ、同原告以外の学童二名が中央の白線を越えて府道を横断したことは当事者間に争いがない。

(一)、そこで、本件事故の原因を看るのに、

原告等は、被告松下が府道を横断した前記学童二名を避けようとしてハンドルを右に切つたが、その前方に原告真弓が直立して自動車の通過を待つていたので慌ててハンドルを左に切つてこれを避けようとしたが時既に遅く原告真弓に激突したのであるから、事故の原因は被告松下の重大な過失によるもので、同原告には何の過失もない、と主張し、これに対し被告松下は、横断歩道のかなり手前から学童等を認めて減速してきたが、原告真弓と他の学童一名が依然白線附近に停止しているのを確認したので、このまゝ進行しても大丈夫と思い、同原告等の停止している附近まで前進したところ、突然同原告が白線から飛び出して府道を横断しようとしたため、直ちにハンドルを左に切ると同時に急停車したが及ばず、遂に本件事故を生ずるに至つたのであるから、同原告の過失も事故発生の一因である、と抗弁しているので、右加害者と被害者の過失の有無を検討してみることとする。

(イ)、先ず、事故現場附近の状況と使用自動車をみるのに、

成立に争いのない甲第一六号証(司法警察員作成の実況見分調書)に照らすと、被告松下が自動車を運転してきた府道は、境東方面(北方)より鳳方面(南方)に通ずる幅員約一五メートルの勾配のない直線アスフアルト舗装道路で道路の中央(道路の両側より各七・五メートルの地点)に白線をもつて左右を区別する中心線を設け、事故現場附近において道路の両側に沿い各々幅員約一メートルの人道、約一メートルのベルト地帯を設け(従つてこの附近における車道の幅員は約一一メートル)、原告真弓達が歩んできた幅員約八・六メートルの道路とほぼ直角に交差し、その交差点には交通信号設備がなく、府道の路面に横断歩道が左と右(北側と南側)に二本標示されていること、及びこの府道はかなり交通頻繁であること、並びに事故発生当日における現場附近の路面には欠損個所又は起伏個所がなく平坦で天候は晴、視界良好であつたこと、及び原告真弓が自動車の通過を待つため佇立していた地点より東南方約三・八メートルの個所で衝突したことが認められ、又、成立に争いのない甲第一五号(自動車検査証)と前掲甲第一六号証に照らすと、被告松下が事故当時運転していた自動車は、被告芳次郎が事業及び自家用として使用していたトヨペツト一、九五七年式、ハンドル右側、長さ四・二九メートル、幅一・六七メートル、登録番号大四な一、六五一号四輪貨物自動車であることが認められ、

いずれも右認定を覆えすに足る証拠がない。

(ロ)、次に、事故発生時の状況及び事故発生の直接原因をみるのに、

(1)、被告松下が原告真弓等を発見した距離及びそれに伴う措置について、

成立に争いのない甲第一三、第一七号証(被告松下の検察官及び司法警察官に対する各供述調書)と前掲甲第一六号証を綜合してみると、被告松下が前記認定の府道を境東方面(北方)から鳳方面(南方)に向け中央の白線より左約一・八メートルの個所を疾走して堺市霞ケ丘町一丁二一番地先にさしかかつた際、前方右斜約一一メートルの白線附近、即ち前記認定の交差点の横断歩道の中央地点に原告真弓等低学年学童四名が府道を右側(西側)から左側(東側)へ横断するため立止つているのを認めたが、警笛も吹鳴せずに進行したことが認められ,右認定に反する証拠がない。

(2)、被告松下の原告真弓等に対する注意の程度について、前記(イ)において認定したように、被告松下は平坦なしかも、視界良好な舗装道路を進行していたのであるから、交通かなり頻繁とは言へ、通常の注意を払へば、尠くとも三、四〇メートル先から原告真弓等を発見し得た筈であるのに、それが約一一メートルの近きに接するに及んで初めてこれを認め、しかも右(1)に認定したように、警笛も吹鳴せずに学童等の前を通過しようとしたのであるから、同原告等に対する注意は極めて緩漫なものであつたことが推認され、前掲甲第一七号証中同被告が学童達の行動を注視していた旨の供述記載は右に推認した程度の注意と看られ、外に右推認を覆えすに足る証拠がない。

(3)、自動車の速度について、

前掲甲第一六、第一七号証を綜合すると、被告松下の運転する自動車が、急停車の措置をとつたにもかゝわらず、原告真弓の身体を轢いた現場より南方的八メートル前進した地点で停止していることが認められ、右認定に反する証拠がないから、その速度が前掲甲第一七号証において同被告が供述しているようなゆるゆるとした運転とは認めがたく、かなりの速度で疾走していたものと見受けられる。

(4)、事故発生の直接原因について、

被告松下が学童等を発見した直後に、原告真弓ともう一人の学童を除く、他の学童二名が進行する自動車の前面を横断したことは当事者間に争いのないこと先に述べた。そうすると、彼我の距離が僅か約一一メートルと接近している際に、その前面を右側から左側へ横断する者があれば、運転手がその横断者との衝突を避けようとしてハンドルを右に切ることは容易に推認し得るところであるから、原告史郎等尋問の結果中に、被告松下からの伝聞として、学童二名が中央線を越へて走り出したので、それを避けるためハンドルを右に切つたところ、原告真弓に衝突した旨の供述は真実と見受けられ、これが本件事故の直接原因と認められる。この点につき被告松下は、原告真弓が突然前進する自動車の前面に飛出して府道を横断しようとしたため、直ちにハンドルを左に切ると同時に急停車したが、間に合わなかつた、と主張し、前掲甲第一三、第一七号証中には、原告真弓が進行する自動車の二メートル程前から東斜に向つて駈け出した旨の供述記載があるが、同女が同被告の運転する自動車の通過を待つていたことは当事者間に争いのない事実であるから、この事実から推して、同女がいかに満八才に達しない学童とは言へ、進行して来る自動車との間隔を計りその前面を横断することの危険性の度合も考慮していたものと見受けられるので、目前二メートルと迫つた自動車の前面をこと更に横断しようとして白線から飛び出したものとは認めがたく、たゞ同女の轢れた個所が、同女が自動車の通過を待つていた交差点の中央白線の手前(西側)ではなく、その地点より東南方約三・八メートルの個所であること前記(イ)で認定したとおりであるから、同女が白線を越へて飛び出したことも、被告松下がハンドルを左に切つたことも事実と推認されるが、前者は同女が意識的に飛び出したのではなく、右に推認したように、被告松下が他の学童を避けるためハンドルを右に切つて同女の身辺に迫つたため、同女が衝突を直感してその危険から逃れようとして反射的に飛び出したものと推認され、後者の被告松下がハンドルを左に切つたのは同女の飛び出した直後で、しかも瞬間にして激突したこと前掲甲第一七号証中の供述記載に徴して明らかであるから、既に衝突を避けることのできない危険状態に達した後の措置に過ぎないと認められるので、これをもつて前記認定を覆へすわけにはゆかない。他に被告松下の右主張を認めるに足る証拠がないので、その主張は採用できない。

(ハ)、被告松下の自動車運転の経歴をみるのに、

前掲甲第一七号証に徴すると、同被告の自動車運転の経歴が、被告会社に在る四輪貨物自動車をしばしば無断使用しているうち運転を覚へた程度であることが認められ、右認定に反する証拠がない。

(二)、以上述べてきた争いのない事実と右(イ)乃至(ハ)に認定した事実を綜合して、加害者被告松下と被害者真弓の過失の有無について検討してみるのに、

(イ)、被告松下の過失について、

同被告は前方右斜約一一メートルの信号設備のない交差点の横断歩道のほぼ中央、府道の中央白線の右側に原告真弓外三名の学童が府道を右側から左側へ横断するため、同被告運転の自動車の通過を待つているのを認めたのであるから、信号設備がないことと待機している者達が満八才にも達しない学童であることに鑑み、原告等が主張しているように、万一の事態を慮つて一時停車して学童達を先に横断させるか、それができないとすれば、警笛を吹鳴して学童達に自動車の接近程度及びその進行方向並びにその速度を知らすと共に学童達の進退如何によつては何時でも直ちに急停車して衝突を避け得る程度に減速して進行すべき注意義務があるのに、交差点に佇立している学童達に対しても極めて緩漫な注意を注いだだけで警笛も吹鳴せず、しかも衝突を避けるに必要な程度に減速せずに前進したため遂に本件事故を惹起するに至つたのであるから、その事故は全く被告松下の重大な過失にもとずくものと言うことができる。そして、このように重大な過失を侵した原因は、同被告が未だ自動車を運転するに足る経験も知識も備へていないのに、従つて、その運転資格も得ていないのに、敢て自動車を運転したことに帰因する。

(ロ)、原告真弓の過失について、

既に述べてきたところに照らして明らかなように、原告真弓には何の過失もない。従つて、過失相殺を求める被告松下の抗弁は採用できない。

二、被告たちの損害賠償責任、

(一)、被告松下について、

同人が本件事故を惹起した本人である事実に鑑み、同人に本件事故に因り生じた一切の損害を賠償する責任のあること多言を要せずして明らかである。

(二)、被告米田織布株式会社について、

被告会社が被告松下の使用者であることは当事者間に争いがなく、前掲甲第一七号証と被告米田等尋問の結果を綜合すると、本件事故は被告松下が被告会社の専務取締役米田等に命ぜられて同会社の現金三〇〇、〇〇〇円を大阪市所在の第一銀行に預金して帰る途中で惹起したことが認められ、右認定に反する証拠がないから、この事故が同会社の事業執行中に生じたこと明らかである。この点につき被告会社は、被告松下に対し市電を利用して銀行へ行くように命じたのに同人が勝手に自動車を運転して出かけたため本件事故を起したのであるから、その事故と被告会社の業務とは無関係である、と主張しているけれども、市電を利用するように命じたかどうかは事業の監督に欠くるところがないかどうかの問題と思われ、事業の執行とは関係がないから、被告会社の右主張は採用できない。

そこで、被告会社が事業の監督につき相当の注意を為したかどうかを看るのに、前掲甲第一七号証と被告米田芳次郎、同米田等尋問の結果を綜合すると、被告会社の代表取締役米田芳次郎が一般に自動車の使用禁止を申渡し、又事故発生当日専務取締役米田等が被告松下に対し銀行へ電車で行くように命じ、その電車賃が自己の机の抽出内に在るから持つて行くように申向けたことが認められるけれども、当時被告松下が被告会社に在る四輪貨物自動車をしばしば無断使用して運転を修得しようとしていたことは先に認定したとおりであつて、(一、(一)、(ハ)参照)、しかも当日、前掲甲第一七号証と被告米田芳次郎尋問の結果を綜合すると、本件事故に用いられた四輪貨物自動車が事務所前に放置されていたことが認められ、もつともその自動車の鍵が一応同会社代表取締役米田芳次郎の机の抽斗内に納われていたことも認められるが、先に認定したように被告会社の専務取締役が被告松下に電車賃を自己の机の抽斗から自由に持つてゆくことを許している事実と、常識として他人の抽斗特に被用人が社長の抽斗を許可なくして自由に出入するとは一般に考えられない点を併せ考えると、この代表取締役の机の抽斗の出入は予め被告松下に許されていたものと推認されるので、叙上の事実を綜合すれば、単に口頭で自動車の使用を禁止していたとか、電車で行けと命じただけでは事業の監督につき相当の注意を為したものとは認めがたい。故に、被告会社は本件事故に因り生じた一切の損害を賠償する責任がある。

(三)、被告芳次郎、同等について、

被告芳次郎が被告会社の代表取締役、被告等が同会社の専務取締役であること先に述べたとおりであるから、これ等の被告が被告会社に代つて事業の監督につき責任を有するものであること明らかなところ、被告たちの全立証に徴しても前記(二)で認定した程度の注意を除いては別段これと言う注意をした形跡がないので、これでは事業の監督につき相当の注意を為したこととはならないから、右被告両名も亦本件事故に因り生じた一切の損害を賠償する責任がある。

これを要するに、被告等は連帯して、本件事故に因り原告等に与へた一切の損害を賠償すべき責任があるわけである。

三、賠償額の算定、

原告真弓が本件事故に因る負傷のため堺山口病院及び大阪府身体障害者更生指導所附属病院において、原告主張の期間、その主張のごとき治療を受けたこと、及び被告会社が従業員二八名を擁し、各種織機七二台を設置してスフ、モスリンの生産量年間一四〇万平方米に及び、泉州織物工業協同組合中中流の上に位して業績良好であることは当事者間に争いがなく、たゞその治療費及び慰藉料の額につき被告等の争うところであるから、これを検討してみるのに、

(一)、治療費について、

(イ)、堺山口病院入院中の処置料及び室代、………証人山口将の証言に徴して真正に成立したものと認められる甲第四号証の一乃至四(領収証)を綜合すると、その費用が合計金一二六、四四六円であることが認められ、右認定に反する証拠がないから、これは原告史郎主張のとおりである。

(ロ)、輸血用人血代、氷代、附添看護婦その他入院直接費………原告史郎尋問の結果と同尋問の結果に徴して真正に成立したものと認められる甲第三号証(金銭出納簿)第五号証の一乃至五(領収証)、第六号証の一乃至三(請求書、領収証)、第七号証の一乃至六(領収証)を綜合すると、

(1)、輸血用人血費、 金五、六〇〇円、

(2)、酸素費、 金一、二〇〇円、

(3)、凍氷費、 金一、八四五円、

(4)、附添看護婦費及びその食費、 金三〇、九九〇円、

(5)、布団借用費、 金  七〇〇円、

(6)、田村医師手術等立会費、 金七、五〇〇円、

(7)、薬品費(アクロマイシン、目薬) 金三、八八〇円、

(8)、オシメ用サラシ、シビン及ラクノミ器代、 金七五〇円、

以上合計金五二、四六五円であることが認められ、右認定に反する証拠がない。原告は右認定額を金一一、九五〇円超へる金六四、四一五円の支払を文めているが、右超過額中には何を指すのか全く判らない入院用諸雑品代(金一、六三〇円)とか、タオル、敷布、チリ紙等々傷害治療とは関係のない雑品(つまりこれ等の物品は負傷しなくても日常必要とされる物品)購入費等本件事故に因り生じた損害とは認めがたい費用がかなり計上されているので、右認定額を上廻る金一一、九五〇円はこれを認めることができないので棄却する。猶ほ、前掲甲第三号証には治療に必要な氷袋、氷枕等が記載されているが、それがタオル、敷布等の費用を一括して計上されている関係上氷袋、氷枕だけの費用を知り得ないので、右認定額にはこれ等の費用を加算しない。

(ハ)、患者食費その他の費用………原告はこの費用として金四、九五四円を主張し、前掲甲第三号証には原告主張のような食費(牛乳、青果物、魚肉費等)が計上されているが、これ等は原告真弓が負傷しなくても日常与へられているものばかりと推定されるので(患者が幼女であるから青果物(オヤツ類)の費用も多少はかさんだことと思われるけれども)、特に平常と異つた給食がなされたと認めるに足る証拠のない本件において、この費用をもつて本件事故により生じた損害とは認めがたいので、原告の前記金員の請求はこれを棄却する。

(ニ)、附添人食費及びその他の雑費………原告はこの費用として金一二、五〇七円を主張し、前掲甲第三号証には原告主張のような食費及び雑品費(米代、副食及び調味料、出納簿、茶、すしパン、夜食、紙、石鹸、糸、新聞、便箋等々)が計上されているが、看護婦に対する食費は先に認定したとおり(本項(ロ)、(4)参照)であるから、こゝに言う附添人は原告史郎、同摂予を指すものと思われるところ、この両名の食費及び雑費は原告真弓が負傷しなくとも自宅で費消する性質のものであるから(病院での食事だから自宅におけるより多少経費がかかつただろうけれども)、本件事故に因り生じた損害とは認めがたいので、この部分に関する原告の請求も亦これを棄却する。

(ホ)、病院往復の交通費及び通信費………前掲第三号証に照らして、原告真弓退院に要した自動車代金八〇〇円が認められ、右認定に反する証拠がない。原告はこの費用金三、八四二円と主張し、甲第三号証中にはそれに副う記載があるけれども、同時に右認定額を上廻る金三、〇四二円は被告会社又は被告芳次郎宅若しくは裁判所、警察に出向いた車代、代書料であることが認められ、これ等の費用は本件事故に因り生じた損害とは認めがたいので、原告の右認定額を超へる金員の請求はこれを棄却する。

(ヘ)、堺山口病院通院による治療費及び交通費、その他の諸雑費………前掲甲第三号証に徴して、バス、タクシー代及び通院用乳母車代合計金一、八九〇円を要したことが認められ右認定に反する証拠がない。原告はこの費用として右認定額を金四、六一〇円上廻る金六、五〇〇円を主張し、前掲甲第三号証にはその主張に副う記載があるが、同時に右認定額を上廻る金員は原告真弓が退院に際して医師及び看護婦に贈つた謝礼及びビタミン剤購入費と認められ、これ等の費用も本件事故に因り生じた損害とは認めがたいから、原告の右認定額を超へる金員の請求はこれを棄却する。

(ト)、身体障害者更生指導所附属病院における治療費及び通院費………前掲甲第三号証と原告史郎尋問の結果に徴して真正に成立したものと認められる甲第八号証の一乃至四五(領収証)、第一八号証の一(金銭出納帳)を綜合すると、

(1)、通院費 金一四、二八〇円、

(2)、治療費 金四、〇一三円、

以上合計金一八、二九三円であることが認められ、右認定に反する証拠がない。原告は通院費金一七、四六六円、治療費金一〇、七一一円と主張し、前者については右認定額を金三、一八六円、後者については右認定額を金六、六九八円超へて請求しているが、前掲甲第三号証及び第一八証の一に徴すると、右超過額は警察に出向いた際の車代、原告真弓の食費、おやつ代等であることが認められ、それ等の費用が賠償の対象とならないこと先に述べたとおりであるから、原告の右認定額を超へる金員の請求はこれを棄却する。

(チ)、調停申立に要した司法書士に対する手数料………原告はこの費用として金三、九〇〇円を主張しているが、調停申立に要した費用は本件事故に因り生じた損害ではないから、原告のこの請求は棄却する。

以上のごとく、原告史郎が同真弓の扶養義務者として傷害治療のため支払つた金額は合計金一九九、八九四円と算定されるところ、被告等から内金一〇〇、〇〇〇円の支払を受けたことは原告の自白するところであるから、治療費残額は金九九、八九四円と算定される。

(二)、慰藉料について、

(イ)、原告史郎、同摂予の慰藉料………同原告等は原告真弓の両親であること当事者間に争いがないから、原告真弓が本件事故に因り傷害を受けたことにより精神的損害を蒙つていればその賠償を求めうるものと解されるところ、前記山口証人の証言に徴すると、原告真弓が瀕死の重傷を負うて堺山口病院に入院するや原告摂予は連日被害者に附添つて看病に当り、又原告史郎も入院当初は毎夜のごとく看護に当つたことが認められ、更に退院後も同病院に通わせ、或いは身体障害者更生指導所附属病院において長期間治療を受けさせてきたことは当事者間に争いがないから、これ等の事実を併せ考えると、原告真弓の傷害治療のため肉体的にも精神的にもかなりの苦労を重ねたことが認められると共に、原告真弓の傷害治癒の程度及び後遺症が、成立に争いのない検甲第五号証の一乃至五(写真)と前記山口証人の証言及び原告史郎、同摂予各尋問の結果を綜合すると、左足関節の屈伸不自由で駈足ができず(回復の見込がない)、しばしば頭痛を訴える現状にあつて、左下腿部には数個の手術痕(左大腿部外側に長さ一九糎、幅約〇・五糎、臀部に四・五糎、左大腿部に約二糎)、及びケロイド状の瘢痕(左下腿部(アキレスケン部分)約五糎×三・五糎、約三糎×四糎、左膝部に二・五糎×三糎)が相当強度に跡されていることが認められ、右認定に反する証拠がないから、原告等主張のように親として不具者となつた娘の不幸を日日目のあたりに見るは洵に憐憫の情抑へがたいものがあろうし、しかも娘の成長、特に婚期を迎えた場合に思いを駈せれば、その苦痛甚だ大なるものありと推認するにかたくない。されば,原告真弓負傷以来の心労と現在の心痛及び前記被告会社の業績等諸搬の事情を考慮して右原告両名の慰藉料は各金二〇〇、〇〇〇円をもつて相当と算定する。

(ロ)、原告真弓の慰藉料………原告真弓が本件事故に因り瀕死の重傷を負い、堺山口病院に約二ケ月間入院加療し(昭和三四年一〇月九日より同年一二月六日まで)、退院後も同病院と身体障害者更生指導所附属病院に通院して(前者は同三四年一二月七日より同月一八日まで、後者は同月一八日より同三五年五月二日まで)治療を重ねてきたことは、当事者間に争いがなく、そして、前記山口証人の証言に徴すると、右入院加療中に輸血はもとより数度に亘り左大腿骨々折、鎖骨々折治療のため添金を骨折部に挿入し、或いは切開の手術が施され、手術後は腿部から足先まで固定させて身動きができない状態に置かれたため手術及びそれに伴う措置の結果原告真弓が非常な苦痛を味わつたことが認められ、右認定に反する証拠がない。而して、このように治療に精進したにもかゝわらず、その左足関節が遂に生れもつかぬ不具となり、左下腿部に相当強度の数個の手術痕、ケロイド状の瘢痕を跡すに至つたことは原告史郎等の慰藉料算定において(前記(イ)参照)認定したとおりで、加へて、原告摂予尋問の結果に徴すると、原告真弓が負傷治療のため進学が一年遅れたこと(二年生を二度)が認められ、右認定に反する証拠がない。

以上の事実にもとずいて苦痛の程度を看るのに、(1)、原告真弓が前述の手術及びそれに伴う措置の肉体的苦痛に良く耐へて、自の生命力と医師の適宜の措置、両親のたゆまざる看護等と相まつて一命を取り止めたことは先に述べたとおりである。(2)、そして、治療のため進学が一年遅れ、ためにかつての学友と已むなく別れなければならなくなつたことや、左足関節の障害のため友達が為すであろうように飛んだり跳ねたりして一緒に遊戯ができなくなつたことは現在この幼女の心をどれ程暗くし、悲しませているか容易に推認しうるところである。(3)、加えて、この障害と先に述べたような下腿部から踵にかけて手術痕、ケロイド状の瘢痕が、原告主張のごとく、思春期を迎へるに及んで原告真弓に一層堪へ難い苦痛を与へるであろうことも、更には又、趣味(例へばバレー、舞踊等)、職業(バレリーナ、モデル等)の選択に大きな制約を加へて苦痛を与へるであろうことも容易に推認しうるところである。されば、原告真弓が今迄に味つた肉体的、精神的苦痛と将来も嘗めるであろう苦痛及び前記被告会社の業績等諸般の事情を考慮して同女の慰藉料は金一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と算定する。

以上のような次第であるから、被告等は連帯して原告史郎に対し金二九九、八九四円、原告摂予に対し金二〇〇、〇〇〇円、原告真弓に対し金一、〇〇〇、〇〇〇円、及び右金員に対する本件記録に照らして訴状送達の日の翌日たること明らかな昭和三五年四月一五日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。原告史郎のその余の請求を棄却すること先に述べたとおりである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条、第九三条第一項、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のように判決する。

(裁判官 牧野進)

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